May,04 2007 志田下

志田下     随分前になるが、春から夏にかけて通いこんだ年が有った、北が吹いて面が荒れ「夷隅へ」とならない限りは必ず志田下にいた。波のクオリティに安定性、絶対的に千葉においては最右翼、前後する太東は勿論、東浪見と比べてもパワーやカチッとした感じのクオリティーの高さが図抜けていて「志田」でないと駄目だった。道場と言われる由縁も当時は刺激的で良かったし、近年(?)のようなばかげた混みかたはしていなかった。


だが、コンペティティヴなサーフィンから離れ、秋を経る・・・その道場といわれる由縁がしんどくなり、少しクオリティが落ちても東浪見やサンライズへ行くようになり、突堤が構築されてクオリティが落ちてからは「志田下」という名前だけのような気がしてチェックですらも怠るようになった。


4月に復帰して以来高い水温を求め南房へ、ようやく北部へ戻る。久しぶりの九十九里、久しぶりの仲間とのサーフィン。
長い年月を経て志田嫌いになっていた俺、復帰後の体力の戻りも今一なので突堤の右側、太東と言った方が話は早い・・・仲間には付き合ってもらったが混雑酷いし波もべチャットした厚速い波で良くない。
休憩挟んでもう一度、サイズも落ちて更に悪い、遅めの昼食に満足するも、波には欲求不満。
夕方のラウンドへ向けてのチェック、どう見ても志田が一番・・・正面付近はハイレベルなサーフィンで外した部分もそこは志田、人も入っていてレベルも低くは無い。内心、道場と言われる由縁が面倒で他で入りたかったが、お付き合いもあり数年振りに志田へエントリー。


「フィッシュで満足に乗れないのにスラスターでまともに乗れるわけは無い」そう思いつつも戻らぬサーフィンに対し、逆に打開の一手で今日復帰後初めてスラスターを使ったが、太東側でのサーフィンは波が波だったとはいえ最悪で、リハビリ不足、感の戻りの悪さを痛感した。

志田だが、ここ志田下では違っていた。
他と違うピリッとした空気を少し感じつつ、面倒なハッスルを避けるための微妙な距離感。セット間長いせいかセットを狙うサーファーは少なく、皆がややミドル~イン寄りへポジショニングするところをアウト寄りにポジション。


やや厚めでミドルからインにブレイクの止まるセクションが有る波、100%にはまだまだだが狂ったサーフィン感を矯正するには2~3本で十分だった。
テイクオフからリップを叩き、止まるセクションで戻り、ボトムで肩の張りを見極めまたリップ。体だって出来てはいない、昨夏以来の1日3ラウンドで肩が上がらずゲットはハード。


だが、とにかく次の波、次へ・・・と、乗りたい、やりたい欲望のみでゲット。
「なんだかあの頃みたいだな」と・・・5月の夕日は志田から見ると一宮駅の方角へ沈む、「最後の1本」を何度か繰り返し陸へ上がった時は大分暗かった(^^;;


鼓膜穿孔再発の不安と今一つ二つ戻りきらない体調、戻りの遅いサーフィン感、取り戻せない自分。


だが、この日この場所で     矜持を取り戻す。

Gradually... ついでだが