Apr,15 2006 暴虐
サーフィン暦はもう20年以上
以前は3日も海へ入らないと「潮気が抜けた~」などと嘯いていたが、実際陸に上がりっぱなしの体は微妙に調子悪かった。
ここ数年ペースが落ちたとはいえ平均すれば週2回近くは海通い。
幼少期から「おっとりしている」とかメロー系なイメージを持たれる事が圧倒的に多かったのだが、のめり込む性格が災いしてか好きな事については他人の数倍せっかちで負けず嫌い。
だから海以外で見るビデオやDVDは別にして他人がサーフィンしているのを見るだけなのは嫌い、「見るよりやる」とASPのツアーも殆ど見たことが無い。それどころか海へ行く事の妨げになる物はたとえそれが何であろうと、何者であろうと排除・破壊・時に「逃げるが勝ち」でばっくれ・・・・・・。
もし法律もモラルも無ければ"暴虐の彼方"も有りだったかも・・・絶対に喧嘩とか嫌いだけどその瞬間だけは違ってた。
年月を経て少しずつ波乗りする時間が減って、行く回数も減ってきて、特に冬場なら1週間位は海へ入らなくても耐えられるようにはなってきた。
それが昨年は長期間海へ入れない状態が有り他に数週入れない事しばしば。
サーファーズイヤー手術以後の耳や体調の不良、それが長引き原因不明とされた事で普段の生活も儘ならず、2度と波乗りできないのか?と不安な日々を過した。根本の肉体的な部分に対して不安が有ったから精神的にボロボロだった。
夏に周囲の協力も有って海へ戻る事が出来て、病状も回復一途、秋にはほぼ回復したが突然の再発~悪化、更に医療ミスによる鼓膜穿孔と再び長期休養を余儀なくされた。
昨年は二度と波乗りできないのかという不安が有って、波乗り以前の問題だったけど今は違う。昨年海へは戻れたし、病状もほぼ回復というレベルまで行っているから、病状軽快当たり前、波乗りできて当たり前・・・なのに現状は真逆で心中穏やかでない、ちょっと昔の勢いが頭を擡げて来たか。
でも、暴虐の対象は自分の体?
目標は波乗りしなくても生きてゆける精神を得る事。
東京で生まれ育ってる、俗に言う「遊び」ってやつも一通りは経験してるのかな?
その時その時で面白い事とか有ったけど、波乗りの楽しさには敵わなくて「遊び」の後には常に無為な虚脱感が付きまとって結局「あ~海行きてぇ!」ってなってた。
波乗りに対してのテンションは常にオーバーロード、 死ぬまでサーファー、年をとって爺になってもオフザリップしてやる。
そんな奴に限って、波乗り出来なくされたりする。
宗教には疎いのだが、確か仏教だったかな、人の世・人の生とは修行の場とか言うね。波乗りは大好きだけど、見方によっては修行の要素が多いと思う。
俺はもう修行免除の身か?いや、ゲットの時、巻かれている時は確かに面倒だがあんな楽しい修行ならもっとさせて欲しいものだ。