Jul,15 2023 era of windy
今年から本格的に「風の時代」になるという。
以前の土の時代は物質・金銭(物の対価や代替えと言えばそうなる)といった土から成るものの時代だったそうな。
歴史を遡れば鉱工業の著しい発展、日本においても高度成長やバブルなど当てはまることはたくさんあった。
物・金が好まれることが多く、それにより地位や利権ももてはやされた。時に住んでいる場所や生まれた場所ですら評価の対象ともなった。
近・現代の社会構造からすれば、金銭の重要さはあまり変わらないだろうが、求められるのはモノではなく本質的なことによる満足へとシフトするのだろう。
主たるものとして精神性と情報、高価だからとか他人の評価が高いからといった動機では充足しない、個々に自分がどうか(俺はいつからか忘れたが「自分がどうか」で判断し選択もしてきた)で生きなくては空虚なライフスタイルになるのだろう。
俺は手術後の予後不良からくる苦難から、波乗りと仕事だけでいいからできるようになりたいと願ったし思ったが、真逆の事も散々考えた。
今思えば完璧主義という性格から真逆を完遂する方法が見つからなかった、ネットで探しても何か足りない情報ばかりで、酷い不眠症で体もひどく疲れていたからそのうち「明日考えよう」とかそちら方面については思うようになった。
タイミングで予後不良が快方に向かい、また別の予後不良も都合7回の手術を要したがどうにか治って、今ここに居る。
往時シンプルに波乗りと仕事、そして予後不良が外見に出ないものだったことから身内からも蔑まれたりしたことからか自分がどうか、他人の自分に対する評価などいい加減なものだと理解した。もちろん仕事などで、技術や成果など目に見えるものによる評価は私情が入らなければ概ね正しいが、多くの事は自分しか解らないから他人からの評価は気にせず・参考程度に留めて自分で自分の評価をするようにうになった。
組織ではあぶれるタイプの人間かもしれないが、他人に迎合して面白くない時間=命の一部を無駄使いするのはやめた。多少の面白さがあれば、非日常的であれば、理解者とのことであれば、無駄使いもこれまた善しとはしてるけどね。
土の時代終盤から、仕事で情報を扱いモノではなくコトというか心により価値を見出してたね。
情報は「風の便り」といわれる通り風に迎合している。情弱という言葉を最近よく目にするが、情報は半分は正しくないもの、特にネットの世界では半分以上かもしれないし、古代より流言飛語という単語があるように嘘八百も当たり前だから考えようによっては情弱の方が自分に正直に生きられるのかもしれない。
情報というのはその内容によるが価値がある、織田信長が首より情報を重く見たのは有名な話だ。
ただ現代では情報もその真偽を計らなければならない、計り間違えれば情弱と揶揄される人たちより悪い結果を招きかねないことになりかねない。
まぁ宿命と捉えて風に任せて流されてみるのも一つありだが、良い風を一身に受けて、できるなら思うが儘に生きたい。
この7月はあんま良くねーけどな。。。