Mar,14 2020 新・サーファーズイヤー

およそ15年前に左を耳後切開でやってから色んなもんが変わったよ。
絶対に忘れないのは耳後切開でやって鼓膜壊されて再生も同時にやってくれたが鼓膜・中耳への浸襲は余計だったってこと。耳管狭窄~解放に鼓膜穿孔、これらからくる症状に苦しんだし治すのに金も時間もかかった。医者にゃストレスとかって精神科に回されたりしたが、結局耳管狭窄だっただけだからな。
こういう事言うと何故か一部を除いた耳鼻科医以外は異口同音に患者である俺の方が悪いという言い方をするな。

あれから15年。

と、ドラマかアニメの続きの様な入り。

右も発症はもうずっと前、15年前時点で狭窄度合いは50%、手術適応、でもまだ先で大丈夫だった。
2012年くらいまでは中耳炎や副鼻腔炎などで耳鼻科にかかる事が多かったが、その病院がまた人の体診るのが好きで、関係無い右も見てた。そこで思ったのは右は狭窄度合いがそこまで高く無い、鼓膜もある程度見えてるし、死ぬまでふさがる事は無いと思い込んでた。

発症3/9の波乗り中、いつもと違い水が殆ど抜けなくなった。たまに抜けてもなんだか少し聞こえが悪い。
海から上がってから耳の中の水を吸い取ろうと綿棒を軽く入れてみたが、吸い取れず少し深く入れたら耳垢を押し込んでしまい塞がってしまった。
仕方ないので耳鼻科で掃除してもらったが、どうも聞こえが戻らないし耳閉感が解消しない。
過去の経験から鼓膜が濡れていたり耳垢が付いていたりするとそうなるからと、一晩放置(寝た)したが症状が変わらず再度耳鼻科を受診、もう取る垢も無いよと見せられた耳内の映像はほぼ全閉。
聴力や耳閉感は戻らずまた、左の時の様に外耳炎を合併しての狭窄ではないので手術を模索する事にした。

どこでやるか以前左耳の鼓膜形成と最初にやってもらった耳鼻科の削り残しを削ってもらった仙台の先生は、かなり高齢の筈でもう引退されてるかもと思い、昨年知り合いがやってもらって良かったと言っていた病院へ問い合わせた。
とても良い先生で、夜連絡をくれて状態だけでなく既往などまでも聞いてくれた。
そこで手術の話しをしたが、最短でGW前の週とのこと。基本入院1泊2日+処置か何かでもう1日(1泊)の行程とも。今の俺は外耳炎では無くても軽い皮膚炎で狭窄が進んでる可能性があるから、皮膚炎が引けばとりあえず今の症状は治まるのではとも言ってくれた。
だが、話しの中で最初に手術をしてくれた病院・医師の事を、術式や詳細を聞いてくれた上で「頑張ってやった」と経過を肯定的に、「良くなかった予後」という"結果"に対して言及しないことに引っかかった。
何より手術を受けられるのが最短でGW前というのがね、仕事でミーティングとかあっても右側からの声は間隔普段の半分程度、耳鳴り持ちだから良く聞こえず聞き返す事度々で不自由。もちろん手術が遅ければ海へ戻れるのも先延ばしだから二の足を踏んだ。

答えだから翌日、以前何度も通った仙台の病院へ問い合わせてみたところ、齢80くらいだろ、顕微鏡下・内視鏡はやらなくなったそうだが、普通にオペはやってるとの返答。
電話の向こうの看護師は、俺が何を望んでいるかを先ず聞いてくれた。「難聴と耳閉感で仕事にも影響あるししんどいのを仮でも手術まで何とかして欲しい」「水中での異音があるが、サーファーズイヤー以外の疾患の有無の確認がしたい」「早く手術して欲しい」これらを容れてくれて手術も最短で4/1が一つ空いてると、近々の3/13に予診の予約を入れてくれた。

予診予約が10時で千葉からはけっこうしんどい。日帰りで車は嫌だからコロナの心配はあるが新幹線などを乗り継いで12年振りの仙台へ。
先ず聴力検査。全体に10dbくらいは正常値より落ちてる、特に高音域は30dbくらい落ちていて、現院長曰く骨種を削っても聴力は戻らない可能性もあるとの事。ただ、その後に撮ったCTの画像からは他の疾患は見られないとの診断。
そして懲りずに鼓膜を作ってくれた理事長の診察。何故って?齢80といっても、腕は信頼しているから。指名して頼んだ。医者と言うより職人の様な人で、切るの大好きで以前は「右(サーファーズイヤー)はいつやるんだ?」とよく聞かれた。鼓膜形成の予診の時に、診察室で冷凍保存されていた俺の筋膜を接着方でだが仮に「海に入れるように」と手術してもくれた人だ。
都合7回鼓膜を作ってくれて、震災直後に急性中耳炎で鼓膜が裂けでも自力で治ることが出来たのは、本当に俺の意を汲んでくれて手術してくれたからで、だからどうしても院長ではなく理事長に頼んだ。
右耳を診て難聴も耳閉も「治るよ」とさらっと言ってくれたが、後遺症の可能性やリスクなんかを並べ立てて「治る」と言い切らない医者ばかりの中、普通に言ってくれた。
頑固じじいだけど患者の意を汲んでくれて、面倒な怪我や病気の時に一番欲しい一言(人によろうが)を言ってくれる。違えれば嘘つき呼ばわりされるかもしれない、今の時代ならソーシャルで垂れ流しもされるかもしれない。でも言ってくれるのは俺のためでもあるが、何よりやった数と腕への自信からだろう。
一通り診察が終わった後、手術・入院の手続きも済ませる。昔は方耳なら1泊2日か2泊3日程度だったと記憶していたが、3泊4日とのこと。手術の準備などから当日8時までには来院をとのことから前のりで都合4泊5日とした。まぁ、仕方なし、寧ろ"休めってこと"と切り替えた。手続きの中では高額医療の限度額申請のこと等も予め教えてくれた。

悪化とりあえず手術は4/1と決まって、別に海入っても問題ないらしい、どのみち塞がってるなら一応微妙な隙間から水入って抜けなくなったら嫌だから耳栓はするけどと、時間短めとはいえ普通に波乗りするようになった。
慣れない耳栓、左も慣れるのに2年かかった。だからどうせ聞こえ悪いしと仕事中も耳栓してたのだが、お彼岸空けくらいから聞こえが更に悪くなった。ちょっと大きめの耳栓無理やり入れてるせいかな、それこそ本当に軽い皮膚炎かって感じ。
休みの日海に入っている時間が短くなったが、空き時間に高額医療の限度額的用の申請や保険の申請等準備を進めた。まぁ、波乗り出来るし、4/1までの辛抱とその日を心待ちにしている。

仙台へ新・サーファーズイヤー SURF+-前のりで前日の15時までにとの事から普段より遅めに起きた。コロナ嫌だから面倒だが車で向かう。
耳管狭窄・解放や鼓膜穿孔による難聴・耳閉感、左耳は耳栓に慣れたが波乗り中はその状態なので今の右耳の状態も割と平気だが、やっぱりしんどい、息詰まる、その上で仕事がカツカツどころじゃなかったから運転だけでも酷く疲れた。入院手続きを終えて案内された病室は2人部屋だが、入院患者が多くなかったから2人部屋に自分1人だけ。他人に気兼ねなく過ごせるのは幸運。
前日の診察は聴力検査と視診。聴力は感じた通り落ちていた。視診では特に変わりなく、あとは明日の手術で良くなるでしょうといったところ。
とりあえずまだ手術は明日なのにここにこれて安堵した。

手術手術は準備が終わってから局所麻酔、皮膚切開→骨種削除→切開した皮膚を戻すといった流れ。
準備段階で徐脈によるアラームが心電図モニターから鳴り看護師さんが設定を45から40に変えた。元々少ないのはいわゆるスポーツ心臓のせいらしい、波乗り中とかけっこう速いが、リラックスできると遅い。それでも44とか43になるのは如何なものかと・・・・(この文章にには関係ないが)。
局所麻酔は注射だからそこは少し痛い。意識があるから時々「痛いか」などと話しかけられる。切開は耳の中でごそごそやってるだけの感じ、もちろん痛みなぞない。骨腫を削り始めるときに「これから削り始める」と言われ、ノミを叩く振動が頭に伝わる。「痛くないか」と聞かれるが痛くはない。前に経験してるから特に何もない、安心して任せているから脈も安定して低いままで、ノミを叩く振動が無ければ寝られるくらい。このあたりは経験と安心して任せてるところからくるものだから、初めてだったら脈は速いかもしれない。
新・サーファーズイヤー SURF+-削り始めてから少し経った時、ぱっと耳閉感が無くなり普通に音が聞こえるようになり「聞こえるようになったか」と聞かれた。「普通に聞こえるようになりました」と答えたが難聴の改善などを確認しながらやってくれていたようだ。
その後程無くして皮膚を戻し終了。手術室入ってから40分くらいかな、終わってすぐ聴力検査があってその後の処置入れても50分くらいだったと思う。術直後の聴力検査は出血等浸出液の影響で元には戻ってないが、術中聞こえが戻ったから耳の中がきれいな状態でやれば塞がる前の聴力はあると思う、とりあえず安堵。聴力検査の後の処置では綿球かなにかを入れられて聴力はダウンしたがそれは致し方ない事。

手術直後病室に戻って出されたお茶飲んでベッドに横になっていたら麻酔が消れて痛みが出てきた。
ちょうどそこに執刀してくれた理事長先生が来たので痛みが出てきた事を話すと、「鎮痛剤(ロキソニン)を出すから飲んで、飲んだら収まるから」と言って看護師さんにロキソニンを持たせてくれた。ロキソニン飲んでベッドに横になってたら痛みが治まってきて、溜まってた疲れも出て眠った。大体先生の言った通りになるが、執刀した数からくるものなんだろうと思う。
その後昼食が出てそれを食べてからまた寝たわ、手術どうのというより溜まってた疲れのせいという感じ。病室・病院居心地良いしね。夕方昼前に飲んだロキソニンが切れたら少し痛んできた、先ほどと比べればそこまで痛くはないが、完全にリラックスして過ごしたいから夕食後にまたロキソニンを飲んだ。
新・サーファーズイヤー SURF+-ただ、この時点で耳の中は浸出液が増えて聞こえは良くなかった。言われていたことだし理解もしてる、致し方なし。

手術翌日午前の早い時間に院長先生の処置。
浸出液を吸引し昨日術後耳に入れた綿球か何かを交換。その後は病院食喰って寝てるだけ。痛みは時折チクっとくるくらいだが、浸出液は頭を動かすと耳の中を流れるというかそんな感じがする時がある。朝昼晩と看護師さんが一番外側の綿球を交換してくれるが、けっこう血が付いている。これが出なくなるまでは聞こえが戻らないから早く止まって欲しい。
とりまやる事もないが、不眠症で良く眼が覚めもするが、溜まった疲れを・・・・とひたすら寝たわ。

手術後2日手術日・昨日と寝すぎたせいか昨晩はあまり良く眠れなかったから体調いまひとつ。朝の処置で溜まった浸出液などをきれいにしてくれたから聞こえが戻った。前日より少なめの綿球か何かを入れて処置が終わったが、病室に戻って午前中テレビを見て昼過ぎから寝ようと横になったら出ていた浸出液でまた聞こえが悪くなった。痛みも昨日より少しあったので、痛いときではなく毎食後ロキソニンを飲むようにと処方されるようになった。
新・サーファーズイヤー SURF+-1週間は浸出液で聴力が落ちるとはいえ、逆に「手術済んだんだから」と思うわ、仕方ないけどね。
夜の検温の時、看護師さんが削った骨をくれた。血に染まっている部分が多くて骨っぽくないし、骨って言われても無駄な骨だから微妙。

手術後3日今日は退院の日。
昨日の今日で不眠症による中間覚醒はあってもまぁまぁ眠れた。朝食後理事長先生の処置、入れてあった綿球なんかを取ってから吸引。すっと聞こえが戻った。
昨日より吸引する時間も短く量も少なかったようだが、改善傾向といったところか。
今日退院するにあたって「次(波乗りOKかどうかの診察)いつになるのか」「耳栓条件でもいつから波乗りできそうか」を聞こうと思ってたし、朝検温に来てくれた看護師さんにも質問事項を聞かれてそう言ってあったが、理事長先生からは「来週来れるか」とのことだった。
「6日後(いつもの金曜日だが)なら」と答えたところ、それで決まった。それが「いつから波乗りOkか」の診断がでるのか、昨日まで浸出液が多く詰まることの対処なのかは聞かなかったが、「また詰まるかもしれないが、金曜まで我慢を」と言っていたので恐らく後者かと思う。このへん個人差もあるだろうし、昔に比べると傷とか治り悪いからこれも致し方なし。ただ、逆に順調ならこっち(千葉)での耳鼻科へ処置を引き継ぐ際に、そこでの判断てことにしてもらってGWまでには海に戻れたらと考えてる。
退院手続きで気付いたが、手術・入院費用が高額医療の限度額より下で事前申請が無意味だった。尤も、社会保険事務所行って申請した以外手はかかってないが、安くて損した気分。(所得などで限度額が変わるし、誰もが全く同じ手術・処置とは限らないので、人によります)

帰路も行きと一緒で仙台東部道路~常磐道~外環~京葉、うちからだとこれが一番高速代がかからない。コロナで自粛をってなっているが、仙台市内も高速もけっこう車走っていて皆が俺みたいに"要"のある人なら良いがなと思う。
帰宅して今の所浸出液が流れる感じはないと思う、ロキソニンは毎食後飲んでるが痛みも殆ど無い。浸出液は溜まると頭の位置・向きとかでまた詰まるかもしれないから、そこは祈るのみか。

手術後4日退院した翌日ではあるが、平日休みの裏返しは週末・祝日働く労働環境(望んだものだから)でいきなり出勤。
昨日の退院前の処置以降浸出液がかなり減ったようで、一晩寝て起きて、今日一日仕事をしても耳閉は起きず、入れてある綿球を外せば普段の聴力に戻ったとも感じる。
もちろん骨腫切削後の傷がどうなっているかは分らないが、良い方向には向かっていると感じる。明日は病院から状態確認の電話が来る予定だが、良い話しができそうだ。

手術後5日今朝起きたら耳が詰まっていた。
昨晩は無かったと思われる浸出液が出て耳が塞がったようだ、綿球を取り出すと瘡蓋の様な血が付いていて、耳の入り口も瘡蓋やなにやらで少し汚れていた。
前2日も若干の浸出液はその流れる様子を感じていたし、退院の日の夜綿球交換した際は若干血が付いていたから完全には傷が塞がっていないのは解っていたが、一旦良くなった後にだからちょっとへこんだ。ただ1週間はっていう想定の中でのことだから致し方なし。
日中病院から電話で様子を聞かれた際にそのまんま伝えると、近所の耳鼻科での処置もありのようだったが、この金曜日に仙台に行く予定から紹介状をもらっていなかったので、紹介状なしで他の耳鼻科で吸引とかされて何かあっても嫌だから我慢する事にした。
ただ、今(夜)こうして続きを書いていても、ちょっとうつむくと多少だが耳の奥で流れる感じがあるから、4日後にしっかり処置してもらえれば良いかなと思う。

手術後6日今朝は起きたら意外、若干の難聴と耳閉感はあるが割と普通に聞こえてた、外した綿球には血を薄めたような浸出液が付いていたから出血は収まる傾向のようだ。のだが、頭の動きで浸出液が動いた様ですぐ塞がった。それでも、日中仕事をしていて通る時間と塞がる時間があるので推測だが、浮腫は収まる傾向、出血も減少傾向、耳内は瘡蓋やらで汚れて狭いから、凝固しやすい血液が減って水っぽい浸出液に変わったことで通ったり塞がったりがあるようだ。
塞がるとけっこう耳閉感・難聴とも強いからしんどいが、回復傾向には変わり無いようだ。

手術後7日これで1週間。今朝は起きた時点で通っていて綿球には浸出液、出血は大分収まっていると思う。日中は時々詰まるが概ね通っていて、詰まっても鼓膜が大きく動くなどして圧力がかかると通る。耳内を見る事は出来ないが、瘡蓋や浸出液が固形化したものによる狭窄がるのなら、それが無くなれば多少浸出液が出ても詰まる事はないだろう。
通っても若干聞こえが悪いのは鼓膜に汚れなどが付着しているからであろうから、明後日の診察できれいになれば傷の状態次第という事になるだろう。

手術後8日概ね昨日と同じで、頭位で浸出液が動いて塞がったり通ったり。嚥下などで中耳内の圧力が変わって鼓膜が動くと塞がっていたものが通ったりする。塞がっている時間は昨日より長いかもしれないが、通り易くはなっている。尤も、塞がった状態にある程度慣れてるから、明日の診察をゆっくり待っている気分(仕事は最悪だがな)。

手術後9日仙台での予後診察。緊急事態宣言下、不要じゃないがコロナやばいから車で往復はしんどい。
先ず視診から吸引、ぼちぼち良いといった事を言われた。続いて血糊など汚れを取り除く、横になって耳内になんか液体入れて血を溶かすとか。それらを吸引したあと鼓膜などに付いたものを取って行く、消毒して終了。
次は1ヵ月後に来いとのことから以前は出ていた近所の耳鼻科への紹介状は出ず、退院日に看護師さんが1週後・2週後・1ヶ月後と数パターン言っていたが、一番お金のかかるパターン。即ち最後までここで診るってことか・・・・理事長指名したの俺だしな、GW明けすぐに仙台へ行く予定を組んだ。ちなみにいつから「海に入れるか」の質問には、その診察で判断との事。どのみちやれる状況じゃないから仕方なし、気になるのはGW明けの仙台の海水温。ブーツ履かない俺がやれる水温なら、診察後仙台でやってくるわ。
と、帰宅した今書いているが、聞こえは戻ったし耳閉感もなし、日常生活には何も問題ないところまでは治った。

手術後37日目術後1ヶ月、予後の診察。
新・サーファーズイヤー SURF+-先ず聴力検査、聴力は元に戻っていたし、視診で波乗りもOKが出た。尤も、自粛して無ければGW前には耳栓して入っていたかもしれないが・・・・。
現在の耳内を見せてもらったが、4週前に処置した後も傷からの出血はあったようで、血痕が耳内に残っている。
まぁ、何れ耳垢となるか、海に入れれば流れ落ちて綺麗になるだろうから、波乗りが解禁になる日を待つとしよう。

それにしても、今回前閉から2ヶ月でここまで来たが、最初の左の手術を湯浅先生にしてもらっていれば、どれだけ違う人生になっていたか。もちろん今でも最初の手術が上手くいっていれば禁煙してないから結果肺がんで死んでると思っているが、世の中とは・運命とは・物事の流れとは、色々考えさせられる。

そして左の鼓膜から都合7~8回手術をして俺を海に戻してくれた湯浅先生にはただ感謝しかない。
「一年後、予後の診察」と言われて正直困ったが、(ノーブーツでいける頃)少し遅めにして仙台での波乗りを兼ねたものにしようと計画をするわ。

再発/肩関節周囲炎

>